明細書等の出願書類を作成する特許実務の仕事をしていると、言葉・表現に対する感度がとても高くなります。特許実務に限らず、執筆に関する仕事をされている方々にとっても言葉の表現についての関心は高いことと思います。例えば、小説家については読み手にいかに入り込ませるかという感情に訴えかけるような表現についての感度が高いのではないでしょうか。これに対して、特許の明細書は、いかに論理的に齟齬のない理路整然としたストーリーを構成できるかが肝要になってくることと思います。
今回は、筆者が明細書を作成するうえで、気にしていることを書いてみようと思います。
「〜と、〜と」
普段の会話で、「AとBを買う」など順接の助詞「と」を何気なく使用すると思います。明細書の作成ではこれを「Aと、Bとを買う」「Aと、Bと、を買う」などのように記載することが多いです。
例えば、以下の
「AとBのCを取得する」
という表現について、どのように解釈するでしょうか。この場合の助詞「と」は何と何を接続しているでしょうか。「A」と「B」が結ばれているとも見えますが、「A」と「C」が結ばれているとも解釈できます。つまり「A」および「BのC」を取得する、とも解釈できます。つまり、この表現だと、どちらでも解釈できるという解釈の幅が生じてしまっているのです。文脈によって判断すればいいではないか、という意見があるかもしれませんが、これがただの小説や漫画などの読み物であれば特に問題はありません。解釈の幅を与えることによって読者を魅了するという要素もあると思います。
ところが明細書となると、その内容が権利解釈の拠り所となるため、上記のうち前者(AとB)の意味なのか、後者の意味(AとC)なのか解釈が生まれてしまうのは適当ではありません。
例えば、「A」と「C」とを結ぶのであれば、
「Aと、BのCと(、)を取得する」
と記載することによって、結ぼうとする対象(ここでは「A」「C」)それぞれに助詞「と」を付加して並列的に記載することによって、結合関係を明示していることになります。これによって解釈の余地をなくし、一意な解釈となるようにしています。
並列助詞「や」
「AやBを認識する」
「AやB、Cを認識する」
この表現は日常でよく見かける表現です。もちろん文法的に誤りがあるわけでもありません。「や」というのは並列を表す助詞です。
ただし、「AやB」という表現の場合、「A」and「B」なのか、「A」or「B」なのか不明確となります。日本人である筆者も、自分がこの表現を使うにしてもどちらの意味で用いているのか曖昧に感じます。技術的な説明をしたり、かつ権利解釈したりする場合に、このような解釈の幅が生まれてしまうことは少なからずリスクがあります。
さらに、日本語で作成した明細書を英語に翻訳する際に、翻訳者によって翻訳が分かれてしまう(翻訳揺れ)が発生する要因にもなります。
したがって、「AおよびBを認識する」
・「A、Bどちらも」という意味にする場合:「AおよびBを認識する」
・「AかBかどちらか」と意味にする場合: 「AまたはBを認識する」
・「A、Bのうち少なくとも一方」という意味にする場合:
①「AまたはBのうち少なくともいずれかを認識する」
②「AおよびBのうち少なくともいずれかを認識する」
③「Aまたは(および)Bのうち少なくともいずれか一つを認識する」
というように助詞「や」を用いない表現をする方が好ましいと思われます。また、A、Bの2つの要素であれば上記の②③のいずれでも良いと思いますが、要素が3つ以上の場合は③の方が好適と思われます。また、①と②との違いですが、筆者はどちらでも問題ないと思います。日常表現の感覚からすると、②の表現が違和感がないように感じますが、法律(例えば特許法)でみると、②の表現ではなく①の表現が使われていますようです。したがって筆者は①の方を用いるようにしています。
主語がない
日常の中でも、主語がない文章はとても多いです。それは、意味が通じれば省略するという日本語の特性も影響しているのかもしれません。しかし、省略してしまう以上、その動作の主体は何であるのか、そこに解釈が生まれます。技術的な記述をする明細書では、動作の主体を明確にする必要があります。実施可能要件(特許法36条4項1号)・サポート要件(特許法36条6項1号)・明確性(特許法第36条6項2号)にも影響が出てきます。
例えば、明細書において「そして、第2情報を取得する。」と主語が抜けた記載がされており、特許請求の範囲で「・・・と、第2情報を取得する取得部と、・・・を備える情報処理装置。」というような記載があったとします。これに対する拒絶理由通知において、「請求項*に『第2情報を取得する取得部』との記載があるが、明細書を参照しても『第2情報』を取得する主体の記述がなく、発明の詳細な説明には当該請求項*に係る発明が記載されているとは言えない。」として審査官によってサポート要件違反を通知された場合に、主語が抜けている事実は変えられない(補正で追加することもできない)ため、この拒絶理由通知に対する意見書において弁明が認められない限り、手当のしようがないということになります。
どんな動作にも主語を逐一記載するというのは、見た目にはとてもくどい文章にはなるかもしれませんが、上記の記載要件を満たすにはとても重要なことと思います。筆者の師匠にも「明細書はくどく書け」と言われてきました。
今回は筆者が明細書を作成するうえで、意識している点をいくつか書かせていただきましたが、他にも気にしている点はいっぱいあります。それぞれの弁理士さんによってさまざまな意見もありますし、審査官が感じ取る文章の違和感などもまたそれぞれだと思いますので、明細書の作成は、実に難しく、また奥が深く、「極める」という境地には程遠い作業なのかもしれません。また、次の機会にご紹介できたらと思います。